「ひなお、敬語使え。」

初めて彼を見たとき私はそう思った。
15歳の少年が、ウメハラやマゴと笑いながら話している。
しかも、ほとんど敬語を使わない。
「ウメちゃん。」「それ違うよ。」
格闘ゲームを見始めたばかりの人なら驚くだろうし私も驚いた。
ウメハラは日本格闘ゲーム界の象徴、マゴは二十年以上第一線を走り続けるレジェンドだ。
その二人へ自然体で話す15歳。
「さすがに敬語くらい使ったほうがいいんじゃないか。」
そう思うのはごく自然なことだった。
だが、彼を見ていると、少しずつ自分の中の”当たり前”が崩れていった。
世界大会の朝に考えていたこと
世界大会当日に15歳なら何を考えるだろう。
緊張・プレッシャー・勝てるだろうかという不安。
そんなものを想像していたが、EWCでひなおは、私の想像とはまるで違った姿を見せていた。
「10時間寝ました。」
そう笑いながら話したかと思えば、その次の瞬間にはもう攻略の話を始めている。
「この状況、もう一回ラッシュできる。」
「これちゃんと対策しないと。」
「響さん、試合中に変えてくるから。」
「投げが増えたら読みを変えよう。」
世界大会の朝だというのに、彼の頭の中にあるのは”勝負”ではなく”研究”だった。
その姿を見てようやく理解した。
この少年は、大会に出場しているのではない。
「格闘ゲームで遊んでいる」のだ。
それは誰よりも真剣に。
誰よりも本気で。
「プレイヤーがいないから、自分で探していくしかない。」
VLOGの中で、ひなおは何気なくこう話していた。
「プレイヤーがいないから、自分で探してくしかない。」
15歳の少年なら「教えてくれる人がいない」と言うだろう。
彼は違う。
「じゃあ、自分で見つけよう。」
そこに不満はないし言い訳もない。
ただ、答えを探すだけだ。
彼が独学で世界トップクラスまで駆け上がった理由が、この一言に詰まっているような気がした。
「天才」では説明できない
ひなおを「天才」と呼ぶのはとても簡単だ。
14歳で世界大会優勝し、15歳で世界トップクラス。
確かに天才なのだろう。
だが、それだけでは何も説明できない。
周りの評価を見ても、ひなおは研究熱心な理論派であり、攻略や情報交換をベテラン選手と行う存在として紹介されている。
実際、VLOGを見ても、彼は終始「どう勝つか」を考え続けている。
負けた試合のあとも、
「リリー戦が下手だった。」
「サガット戦を想定していた。」
悔しさより先に、改善点が口をつく。
感情より、分析。
才能より、研究。
だから強い。
敬語を使わない理由

ここまで見て、私はようやく冒頭の疑問に戻った。
なぜ、この15歳はウメハラやマゴにタメ口なのだろう。
答えは意外なほど単純だった。
彼は、二人を”偉い人”として接していない。
もちろんリスペクトはあるが、その前に彼らは「同じゲームを愛するプレイヤー」なのだ。
だから会話は全部、攻略になる。
「ここどう思う?」
「これ対策した?」
「この状況どうする?」
VLOGを見ていても、年齢差を感じさせる会話はほとんどない。
あるのは、格闘ゲームの話だけだった。
タメ口なのに、失礼ではない。
不思議なものだ。
言葉だけ切り取れば、敬語ではない。
それなのに、誰も嫌な顔をしない。
ひなおはタメ口キャラで誤解されがちだが、対戦相手や先輩へのリスペクトを欠かさず、礼節をわきまえた人物だと評されている。
実際に映像を見るとその意味がよく分かる。
人の話を最後まで聞き、分からないことは素直に質問する。
勝っても相手を見下さないし、負けても人のせいにしない。
敬語ではないが敬意はある。
格闘ゲームという文化
私はこの記事を書くまで勘違いしていた。
どんな間柄でも先輩やレジェンドには敬語を使って敬意を持つべきだと。
しかし、そんな気持ちは完全に吹き飛ばされた。
年齢に関係なく意見を出し、攻略を見つける。
良いアイデアなら採用し、間違っていれば直す。
その場で評価されるのは肩書きではなく「その情報が強いかどうか」だ。
だから「15歳の少年」も「40代のレジェンド」も、同じテーブルで話しているだけなんだ。
ひなおが特別なのではない。
格闘ゲームという文化そのものが、実力とリスペクトを基準に人を見る世界なのだ。
そして、ひなおはその文化を、誰よりも自然に体現している。
世界大会でも変わらない15歳
そんな彼もやはり15歳だった。
EWCで勝利したあと、喜びながら話していた目標は意外なものだった。
「俺、EWCの目標がクラッシャー一回することだった。」
世界大会で優勝することではなくクラッシャーをやること。
思わず笑ってしまった。
でも、その無邪気さがいい。
そして一日の最後、彼はこう締めくくる。
「明日も楽しむ。」
世界中のトッププレイヤーが集まる大会で、最後まで”楽しむ”という言葉が出てくる。
それこそが、ひなおというプレイヤーの強さなのかもしれない。
「ひなお、敬語使え。」
彼を知ったとき私はでそう思っていたが、それは間違いだった。
必要なものは、敬語ではなく敬意だ。
彼は誰よりもゲームを研究し、誰よりも格闘ゲームを楽しみ、誰よりも真剣に、この競技と向き合っている。
だから、ウメハラもマゴもハイタニもふーども彼を「15歳」としてではなく「一人のプレイヤー」として迎え入れたのだろう。
礼儀とは、言葉遣いだけではない。
相手への敬意は、努力の積み重ねや向き合い方からも伝わる。
だから最後に、冒頭の言葉を訂正したい。
ひなお、敬語なんて使わなくていい。
ひなお、この世界を壊してくれ。
年齢で人を測る常識を。
経験だけが価値になるという思い込みを。
「子どもだから、まだ早い」という空気を。
私たちが勝手に作ってしまった”当たり前”を。
そして、その先にある新しい景色を、世界中の格闘ゲームファンに見せてほしい。



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